Tomoyuki Torisu 
1945年8月9日。原子爆弾は長崎市の上空500メートルで炸裂。わずか3秒のあいだに4000度の熱線が地上に降り注ぎ、人体に熱傷を与えまちを焼き尽くしました。それから79年が経ち核使用のリスクが高まるなかで、広告を見た人たちにその一瞬を想像してもらいたいと考えました。
炸裂時の光が集中線で表現され、その中央に、90文字のコピーが配置されています。

原爆炸裂から3秒で熱線が放出されたあと、10秒後には爆風が3.7キロ地点まで到達したといわれています。文章を読み終わる頃にはまちは焼き尽くされてしまっている。逃げる間もなく、大切な人にさよならを告げる時間もないほどの、わずかな時間に多くの命が奪われた。その恐怖を感じてもらうことを意図して制作しました。
15段の広告には、炸裂から3秒後に何が起こったのか。そのイメージにコピーが添えられています。

想像してください。
このわずかな時間のあいだに、
まちや人々が4000度の熱線で焼かれ、
破壊されたということを。
命を奪われた人たちは、
逃げる時間も、
さよならを言う時間も、
ありませんでした。
この3秒を繰り返さないために。
あの日から79年が経ったいまも、
わたしたちは、声をあげ続けます。
NO MORE NAGASAKI.
NO MORE GENOCIDE.
炸裂の3秒後から79年後の現在まで、その後遺症が今も続いていることを伝えるために、5段の広告では、原爆炸裂から10秒、8分30秒、1時間、13時間、1ヶ月、10年、79年が経ったときに何が起こったのかを記しています。
企画制作:長崎新聞社、電通、電通九州長崎支社、Better、プラグ
スーパーバイザー:牟田雄一郎
CD+C:鳥巣智行
AD:江波戸李生
ファクトチェック:林田光弘
D:鑓田佳広、小島幸菊
I:森田晶子
Web:小山健太、髙田優衣
Pr:福岡一磨、水野尾 賢一、永友 政彦




































